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【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第百十回】 [ノモンハン考]

☆・・・『ノモンハン:70年前の記録・5月 ③』

 今回も、『ノモンハン美談録』より。

     *     *

   ◇五月二十七日

 十九時頃敵は執拗にも大型機四機、小型機一機の編隊を持つてノモンハン北方西四十粁のシオロオボー附近より越境、満領深く侵入する一方、ホルステン河上空よりも約十機越境、相呼応して挑戦し来る。我軍数機を以て応戦、ホルステン河上空に於て約十分間に亙り猛烈なる空中戦を展開、и十六型九機を撃墜し徹底的打撃を興ふ。

   ◇五月二十七日

 二十六日より行動を起したる日満軍は、払暁を期して疾風迅雷奇襲作戦を以て越境外蒙軍に鉄槌を加ふ、即ちソ連機械化歩兵約千、外蒙騎兵約千、戦車、装甲自動車数十輌及び砲数十門(十五榴を含む)合計約二千の敵に対し、皇軍はバルシヤガル高地方面より、満軍はホルステン河南岸地区より敵の退路を遮断、十四時三十分頃に至り敵に壊滅的打撃を興ふ。一方我空軍は極めて少数を以て、九時頃、五機編隊を以て越境し来りたるソ連機全機を撃墜。十時十分には二十機編隊の内七機を屠り、続いて大挙七十余機を以て越境襲撃し来たりたる敵機に対し、その三十機を撃墜、撃墜総数四十二機となる。わが方一機を失ふも、搭乗者は落下傘に依り満領内に着陸無事帰還、斯くて外蒙国境の空は漸く平静に帰す。

   ◇五月二十九日

 残敵の掃討を継続。満州国政府外蒙政府に不法行為の即時停止。国境の原状回復を再度厳重要求す。

   ◇五月三十日

 夜に至り敵が最後の拠点たる渡河点東南方高地に対し夜襲を敢行、三十一日払暁にかけて追撃戦に移り、遂に敵を完全に国境線外に撃退す。不幸この戦闘に後方遮断の任務を帯びたる我が東部隊は隊長以下を失ふ。
 斯くて二旬に渡る交戦も、わが軍の圧倒的勝利に国境線も暫時の静寂を取戻す。

   ◇五月三十一日

 山縣部隊、東部隊等各部隊は兵力の集結を終る。尚我空軍は執拗なる外蒙砲兵陣地に対し果敢なる反復爆撃を敢行、これを沈黙せしむ。

     *     *

 序盤戦の終わりである。

 ノモンハン戦において、文中に部隊名の出ている<東支隊>の全滅は、戦後に語られることになった「ノモンハンの悲劇」の最初の出来事とされることが多い。

 この5月31日をもって、<第一次ノモンハン事件>は終息する。

 しかし、近年のノモンハン事件の、ソ連側資料流出による事実の「再発見」は、「ノモンハンの悲劇」のフィクション演出者の半藤一利をして、「<第一次ノモンハン事件>は勝利であった」と言わすに至る。

 しかし、そもそも、ノモンハン事件直後に出版された、上記引用の書籍などは、既に、素直に、日本の勝利を記している。

 何故、戦後の日本は、素直に、ノモンハンの事実を見ることが出来なかったのか?

 簡単に言うと、「東京裁判」と「日教組教育」の帰結であるが、ここでは、それについては、まだ書かない。

 また、特筆すべきは、「機械化歩兵」という言葉・・・、何とも「ターミネーター」みたいに聞こえるが、俗に、ノモンハンの日本軍は、「ソ連の最先端の機械化部隊の存在を認識もせずに敗北した」と言われたものだが、こうして「機械化歩兵」という言葉を使っていることで分かるように、全くもって認識していたのである。

 それから、ノモンハンを語るときに、問題視される、辻政信参謀が起草した「満ソ国境紛争処理要綱(関作命第1488号)」がある。

 その内容は、簡単に言うと、

  1.侵さず侵さしめざることを満州防衛の根本とする。
  2.万一侵されたら機を失せず膺懲する。これがため一時ソ連領に進入するもやむを得ない。
  3.国境線の不明確地域では、紛争防止及び部隊行動を容易にするため自主的に国境線を認定し明示する。
  4.国境守備の第一線部隊は積極果敢に行動し、その結果の事態収拾処理は上級司令部の任務とする。

 であるのだが、「3」の解釈は俄に難しいが、他の項目においては、何が問題とされるのか分からない。

 いや、私はわかる。

 「2」が、特定アジア(支那/北鮮/南鮮)に後押しされている「日教組史観」、もしくは、退くに退けない連合国側の「東京裁判史観」に覆われた戦後日本社会では禁忌されたからだ。

 特に、「一時ソ連(他国)領に進入するもやむを得ない」の箇所である。

 おそらく、世界中のどこも、現在、日本が他国を「侵略」するとは思っていないのだ。

 しかし、日本を萎縮させておけば国益になると考えている特定アジア(支那/北鮮/南鮮)は、そういった「縛り」を日教組に貫徹させ、その教育を受けた日本の子供たちに、当時の常識が「間違い」であったと思わせるのだ。

 このことについても、そのうちじっくり語る。

 ノモンハン事件の「事実」を語るということは、日教組の呪縛を打破することでもある。

 ・・・「尚我空軍は執拗なる外蒙砲兵陣地に対し果敢なる反復爆撃を敢行」は、もちろん、敵領内で行なわれている。

 当然のことだ。

 元を断たなくては、無垢なるこちらに血が流れ出る。

     *     *
   
《麻生首相、敵基地攻撃論に「憲法で認める自衛の範囲」(2009/05/28 13:23)》
 [麻生太郎首相は28日午前の参院予算委員会で、北朝鮮の核実験に関連し、敵基地攻撃をめぐる議論について言及した。
 麻生首相は「法理的には憲法で認められている自衛の範囲に含まれ可能だ」と明言。そのうえで「現実には敵基地攻撃を目的とした装備体系を自衛隊は保有していない。日米安全保障体制をきちっとした上で、日本の平和と安全を期したい」との認識を示した。]


 真っ当な意見である。

                                                   (2009/06/11)
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